[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
メロディー いっしょなら、きっと、うまくいくさ。
ありがとうございます//
16期生の歌はまだなかったので
この曲のようにこれから先も
Insight for the New Paradigm 未来のしくみをメロディーでつくる。
歌詞の中訳。。。昔から
日本語なのに訳が必要って どうなの?と さんざん責められてきた。
(日本語なのにわからなさすぎる言葉がいっぱいある人の方がどうかしてると思えないのか?)
3枚目のアルバム以後 グニュウがぱっと伸びないのは 歌詞が悪いせいだとも
まわりからさんざん 言われたりもした。 まあ 言わせてもらうなら
曲の売れる売れないは 宣伝戦略とキャッチなメロディーであり 人の心にまるまんま歌詞が
いきなり染み込むことはなく ぽつっと 一つの言葉が耳に残りすっと染み込む物
全体の歌詞の意味合いなど CD買ったあと歌詞カードで知るのが基本でしょう。
という事を踏まえれば 一番琴線にふれる メロディー運びの所の言葉さえ
伝われば ポップソングとして有効判定だとおもうのです。
それよりも大事に考えたのは ありふれた言葉だけで 陳腐なほど使いまわされた言葉ではなく
日本語の趣きや響き そのひとつの言葉に含まれる中身の面白さを きっちり歌に残したい
そういう面白みを提示していきたいという趣旨で昔から 作詞してきてる。
というわけで こんな時期の北海道の短い夏の終わりの歌
朧綿毛
小刻みにふるえ 末錘花の影ゆらゆらり
秋近し日々は 袖ひく 女の童
(ベニバナが散りゆく頃 秋は小さな女の子に袖を引かれるようにやってくる)
半隠る すくよか こころの綿毛
憂いのなかで 舞う
(半分だけ隠れた健康とは揺れ動く心 心配の中で舞う)
ほのめかす死期の唄 ひと夏の淵つままれて
さ渡る月明かり雲 おもはゆしげゆく
(夏が終わり 沢山の死が訪れる季節の歌 月明りに照らされた雲が 顔を合わせるのも気まずく行く)
半隠る すくよか こころの綿毛
憂いのなかで 舞う
(半分だけ隠れた健康とは揺れ動く心 心配の中で舞う)
そこから今へ連なる さやけき濁りの過去 すておき
いみじくも あさはかに 廻る風にらむように
(今につながる 明確に濁った過去は捨てる
つむじ風に怒るが如き はなはだしく浅はかであった)
松の葉を 引き会い つけれぬ笑顔の優劣
月並みに 華やいでくるくる落ち逝く千日
浮木(ふぼく)に身寄せ
(松葉を組み合わせ引きあう遊びに笑う子らに優劣などつけれるものでなし
月並みに 良い時もあれば 悪い時もある日常なのだから
水面に浮いた 木にすがり流れていく)
半隠る(はたかくる) すくよか こころの奥で
慈愛も罪に 問う
(半分だけ隠れた健康とは揺れ動く心 慈愛の心にさえ罪を問いかける)
だれがわるいとでもなしに 移りゆく終わりゆく季節に もの想う事の多くは無駄であり
慈愛にさえ文句をつけたくなる自問自答の滑稽さも 夏の疲労からか
流されていくのも 柔らかな日常である。 次の時代を担う 遊ぶ子供らと 歳をとっていく自分と
織り交ぜ一緒に時代はつながり 過ぎていくものというようなことを うたった歌
ベニヤマシャクヤク (末錘花) 北海道は本州よりだいたい1か月遅く咲き出し。山間部では2か月あとでも咲いてる。
ハイレゾ ダウンロード版 PINHOLE
コメント