『獄門島』から引き続き、
名作中の名作の
この作品へ。
『犬神家の一族』
横溝正史(1950年)
¥720
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『犬神家の一族』といえば、
白いゴムマスクのスケキヨ、
湖に逆さまに足が付き出た
異様な殺され方のインパクトが強い。
俺も子供の時に
映画かドラマでうろ覚えで
見たことはあるんですが、
さっぱり憶えてないので
この機会に原作を
じっくりと読みこんでみました。
いやー素晴らしい。
まさかここまで面白いとは。
これは俺の中の
横溝正史ベストワンかもしれない。
あらすじ
昭和2X年2月18日。
信州財界の一巨頭、
犬神財閥の
犬神佐兵衛(いぬがみさへえ)が
81歳で亡くなった。
「犬神佐兵衛伝」によると、
乞食同然で倒れていた
17歳の佐兵衛を、
那須神社の神主、
野々宮大弐(ののみやだいに)が
助けて家族のよう接し
彼を教育した。
その後、
佐兵衛は自分の会社を設立、
「犬神製糸会社」は戦争を経て
日本有数の大会社に成長する。
野々宮大弐には
晴世(はるよ)という妻がいて
後に祝子(のりこ)を産む。
大弐の死後、
祝子は養子を迎え、
大正13年に珠世(たまよ)を産んだ。
佐兵衛も子供を作ったが
なぜか正妻を持たず、
3人の妾との間に
3人の娘をもうけた。
長女・松子(まつこ)、
次女・竹子(たけこ)、
三女・梅子(うめこ)。
3人の娘はそれぞれ結婚し、
佐兵衛はその夫たちに
会社の支店を任せたが
会社の実権は
誰にも渡さなかった。
そもそも
佐兵衛はこの娘たちに
愛情を持っていなかったようだ。
その代り、
恩人の孫の珠世を可愛がり、
祝子が死んだ際に
犬神家に引き取っている。
さて---。
佐兵衛が臨終する際に
犬神家にいた人々は
次のような人たちであった。
松子の夫はすでに死亡していて
松子ひとりが出席。
松子の息子の佐清(すけきよ)は
戦争に行って帰っていないが
まもなく復員するとの報せが入っている。
竹子とその夫・寅之助、
2人の息子の佐武(すけたけ)と
娘の小夜子(さよこ)が出席する。
梅子と夫の幸吉、
その息子の佐智(すけとも)も出席。
以上が犬神家の一族で、
そこに美しく成長した
26歳の野々宮珠世も同席した。
佐兵衛は臨終の席でも
誰に財産を譲るか何も言わないので
一族は腹の探り合いになる。
顧問弁護士の
古舘恭三(ふるだてきょうぞう)に
遺言状を一任していると言い、
その遺言は佐清が復員してから
発表されるらしい。
こうして
財産が有耶無耶のまま
犬神佐兵衛は臨終する。
それから8ヶ月後・・・。
昭和2X年10月18日。
古舘弁護士事務所の
若林豊一郎から手紙をもらった
探偵の金田一耕助は
信州の那須ホテルに来ていた。
犬神家になにかよからぬことが
起こりそうだから
力を貸してほしいという手紙だった。
若林の到着を待つ間、
那須ホテルから
犬神家の水門が見えるので
耕助が何気なく湖を見ていると
一隻のボートが出てきて
若い女性が乗っていた。
遠目からでもわかる美人で
珠世という女性らしい。
しかしどうも様子がおかしい。
見ると珠世が慌てている。
ボートが沈んでいく!?
それを見た耕助は
若林との待ち合わせを忘れて
ホテルを飛び出し、
ボートを漕いで救出に向かった。
犬神家から
猿のような顔の男が泳いできて
耕助より先に珠世を救出。
この男は猿蔵(さるぞう)という
珠世付きの下男だった。
猿蔵が言うには
ここ数ヶ月で
危ない目に会うのは3度目。
誰かがボートに穴を開けていたようだ。
珠世は命を狙われている?
ホテルに戻った耕助は愕然とする。
耕助が離れていた時にやって来た
若林が毒殺されていたのだ。
死因は煙草に仕込まれた毒。
一本だけ毒が仕掛けてあり、
いつ発動するか
犯人にもわからないという
巧妙なやり方だ。
翌日、
耕助のもとへ
古舘弁護士がやって来る。
若林が何を依頼しようとしたのか
聞いてみたが
古舘にもわからなかった。
若林の死を聞いて
胸騒ぎを感じた古舘は
犬神家の遺言状を
金庫から出して調べると
最近誰かが読んだ気配があるという。
金庫を開けたすれば
若林にしかできないが
誰かに頼まれたとすれば・・・。
11月1日。
突然、佐清が復員して
犬神家に戻って来た。
実は佐清は半月前に博多に復員して
母の松子が迎えに行ったのだが、
なぜか2人で東京に行ったきり
なかなか戻ってこない。
遺言のこともあり、
まだかまだかと苛立つ一族。
なにか病気なのかと
心配していたところ
やっと帰ってきたのだが、
一族はその顔を見て驚愕した。
戦争で顔に傷を負ったらしく、
黒い頭巾をかぶって
絶対に顔を見せないのだ。
翌日いよいよ遺言発表の日。
耕助のもとに古舘弁護士が来る。
今から遺言状を開封するが、
そのために波乱が起こると
古舘は予想している。
遺言の内容が気になる耕助も
同席することになった。
犬神家の奥座敷に
一族が集まっている。
3人の青年が並んで座っているが
上座の黒い頭巾の佐清が
ひときわ異様な雰囲気を
醸し出していた。
開封の前に佐清が本物かどうか
確かめなければならない。
竹子と梅子は
顔を見なければ納得しないと言う。
「佐清、頭巾をとっておやり」
頭巾の下から現われたのは
白くて表情の無いゴムマスク!?
そのマスクを口許から捲りあげると
赤黒い醜い肉塊が・・・
たまらず松子が制止する。
これ以上見れない一同は
納得するしかなかった。
そして
古舘が遺言状を読み上げる。
「全財産は次の条件のもとに
野々宮珠世に譲られるものとする」
一同が愕然となった。
その条件とは・・・
「珠世が財産を得るには
佐兵衛の3人の孫である
佐清、佐武、佐智のいずれかと
結婚しなければならない。
他に配偶者を選ぶと
相続権は喪失する。
もし3人が死亡した場合、
珠世は誰と結婚しても自由。
珠世が死亡した場合、
財産は公平に5等分されて
佐清、佐武、佐智が
5分の1ずつ受け取り、
残りの5分の2は
青沼菊乃の息子、
青沼静馬に与えるものとする」
ここで一同がざわついた。
敵意をむき出しにする松子たち。
さらに
珠世と3人の孫が全て死ぬと
財産はすべて
青沼静馬にゆくとあっては
もう黙ってはいられない。
松子、竹子、梅子という娘たちと
その夫たちや小夜子には
全く財産が渡らないのだ。
「うそです!うそです!
その遺言状はにせものです!」
激しく抗議する松子だったが
遺言は確かに佐兵衛の書いたもので
すべての法的な条件を満たしていると
古舘が説明する。
耕助は犬神家の
複雑な家系を整理する。
若林を使って
遺言を盗み見たのは誰か?
その人物は珠世が財産を
相続することを知っていたはず。
その珠世は命を狙われても
いつも助かっているのは
自演ではないだろうか?
珠世に他に好きな人がいれば
あの3人は邪魔でしかない。
逆に珠世を殺すなら
松子たちにも利益がある。
消息不明の男・青沼静馬。
彼は珠世が死なないと
絶対に遺産相続に割りこめないが
佐兵衛にとっては
初めての男の子なので
格別な愛情を持っているようだ。
男児を身ごもった菊乃という女性を
正妻にしようとしたらしい。
しかし松子たちにいびられて
菊乃は追い出された。
佐兵衛は「斧(よき)、琴、菊」の
犬神家の三種の家宝を
生まれた子(静馬)に与えるため
菊乃に持たせたが
三姉妹は家宝を取り返そうと
静馬を産んだ直後の
菊乃のところに押しかけ
脅迫して佐兵衛の子ではないと
証言させて家宝を奪い返した。
傷ついた菊乃は
生まれたばかりの静馬を連れて
消息を絶ってしまう。
これに激怒した佐兵衛は
ますます三姉妹を
邪険に扱うようになった。
遺言が公開されてから
珠世に取り入ろうと必死な人々。
とくに佐智は小夜子と出来ていたが
あっさり珠世に乗り換えた。
しかし珠世のそばには
いつも大男の猿蔵がいる。
佐武と佐智が力ずくで
珠世をものにできないのは
猿蔵が手ごわいからだ。
猿蔵は孤児だったのを祝子に引き取られ
珠世と兄妹のように育ったという。
耕助は猿蔵が静馬という
可能性も考えたが、
佐兵衛が美男子で菊乃も美しかったから
あのような顔の男が生まれるとは
考えにくい・・・
11月15日。
古舘が耕助と佐武と佐智を連れて
那須神社へ向かう。
神主の大山泰輔が巻物を見せる。
これは佐清が戦争に行く前に
奉納した手形で、
これと今の佐清の手形を比べてみれば
本物かどうか一発でわかるという。
佐武は力づくでも手形をおさせると
息巻いていたが・・・
11月16日。
耕助はあれからどうなったか
気になっていた。
昨日の夜に聞いた話だと
手形はおせなかったらしい。
松子が怒り、
手形をとることに強固に反対した。
あれが本物なら
潔く手形を取らせた方が
いいはずなのに・・・。
そのとき電話が鳴った。
すぐ犬神家に来てくれと古舘。
犬神家の内庭には菊畑があり、
猿蔵が菊の世話をしている。
歌舞伎の菊畑の菊人形が飾ってあり
笠原淡海の菊人形を見た瞬間、
耕助はあっと驚いた。
首から上が佐武の頭とすげ変えてある!
ふらついて首がころころと転げ落ちる。
佐武の生首が----。
こうして犬神家の惨劇が幕開く。
佐武が殺されたのは
手形の巻物のためか?
巻物は古舘が持って帰っていたが・・・。
ボートハウスの展望台に
佐武のおびただしい血が残っている。
犯行現場はここらしい。
珠世のブローチが
ここに落ちていた。
昨夜ここで会って何を話したのか?
胴体はどこに消えたのか?
なぜわざわざ菊人形の首と
すげ変えたのだろうか?
消えた懐中時計と
佐清の指紋。
はたして佐清は本物なのか?
下那須の宿に現われた復員風の男とは?
「斧(よき)、琴、菊」に
隠された因縁とは?
そして、
ついに佐清が自分から
手形をおしたいと言い出す。
その手形は奉納した巻物の手形と
ぴったり一致していた---。
解説
犬神佐兵衛が残した遺言状は
全財産を恩人の孫の珠世に譲り、
3人の男のいずれかと
結婚せよという奇妙なものだった。
やがて結婚相手の男たちが
家宝の「斧、琴、菊(よき、こと、きく)」に
見立てられて次々と殺されていく。
遺産相続を巡る本格ミステリー。
金田一耕助シリーズ第6作。
長野県の信州、那須湖畔が舞台。
あやしい仮面の佐清が帰って来て
本物かどうか家族が
疑心暗鬼になる様子は
横溝氏の以前の作品
『車井戸はなぜ軋る』に酷似している。
(それ以外にもあるが・・・)
奇妙な遺言内容と
美女を巡る争い、
顔を隠した男、
奇抜な見立て殺人など
全編に漂う
あやしい雰囲気が素晴らしい。
その中でも
犬神佐清(すけきよ)は
横溝作品でも
ひときわ異彩を放っている。
もちろん映画版で
インパクトのある
白いゴムマスクを採用した
市川崑監督の手柄でもあるが、
とにかく不気味。
その下のドロドロの素顔も含めて
子供の頃に見た人の多くが
そのインパクトだけで
犬神家を憶えている人も多いはず。
ヒロインの珠世は
絶世の美女として描かれている。
彼女は実は
子供の頃に仲が良かった佐清に
ほのかな恋心を抱いていた。
それだけに本来なら
佐清が結婚相手としては有利なのだが
絶対に顔を見せないうえに
本物かどうか信じ切れずにいて
手形の件や時計の指紋など
佐清の正体を確かめようと
動き回るため、
何かと珠世の行動に
疑惑が向けられる。
冒頭の若林の死も
全く無関係ではなく、
あの時ホテルにいて
若林と話をしていたら
もっと早く解決していたのにと
耕助が後で
悔やんだのも無理は無いほど
重要な殺人だった。
その凶器となった毒煙草が
最後に再び登場して
事件に幕を下ろすのも巧い。
『獄門島』では、
戦後の閉鎖的な島の内情が
事件に大きな影響を与えたが
この作品でも
謎めいた復員兵が登場して
事件の大きなカギを握っている。
事件発生年は
登場人物の年齢から計算して
「昭和24年」の物語だが、
昭和22年に施行された
日本国憲法の下で改正された
民法の遺留分制度により、
松子・竹子・梅子はそれぞれ、
相続財産の6分の1を
取得しなければならず、
映画などでは昭和22年のことと
改正前に設定されることが多い。
この本でもあえて
昭和2X年とぼかして書いてある。
トリック自体は
使い回し感があるが、
バランスよくまとまっている。
湖面に逆さに突きだした死体の
「斧(よき)」の見立ては、
その意味がわかった時に鳥肌が立った。
物語の面白さはぶっちぎり。
読後感もいい。
「十年でも、二十年でも・・・」の件で
目頭が熱くなった。
「東西ミステリーベスト100」
2012年版で、
本作品は39位に選出されている。
欠点としては・・・
●場面説明で
「まえにもいったように」と
前置きするのがウザい。
(横溝氏のクセじゃが仕方がない)
●金田一が気づいていながら
話を聞かなかったり、
別行動をとってしまって
犯罪を防げないパターンが多すぎる。
●謎の男の正体がわかりやすい。
●重要な証拠品を
持ち去った理由が
「ただの勘」
というのは苦しい。
●クロロフォルム問題。
クロロフォルムで気絶しません。
(Wiki参照)
●犬神佐兵衛の節操の無さ。
あんたが一番悪い。
俺の感想は・・・
子供の頃に
『犬神家の一族』の映画を
見たことはあるのに、
ストーリーは全く思い出せなかった。
戦争のことや復員も知らず
あの人なんで覆面なの?と
当時は思っていたが
子供の頃に
わからなかったことが
大人になった今、
じっくり読んでよくわかった。
なんといってもスケキヨ。
あの不気味な男の
インパクトが凄い。
そして湖から足だけ
にょっきり突き出たアレ。
アレはいろんなところで
パロディネタにされて
すっかり笑って見ていたが
アレにそんな意味があったなんて
初めて知って驚いた。
ここは映画では
湖に素足が
突きだしている姿で有名だが
原作では
湖面が凍結していて
腰から見えているし、
ちゃんとパジャマを着ている。
映画との違いを探すのも面白い。
(話によると『犬神家』の映像化で
原作に忠実なのはひとつもないらしい)
映像化された作品では
やっぱり1976年の
横溝ブームの火付け役となった
角川映画の初作品であり、
市川崑監督・石坂浩二主演による
金田一耕助シリーズの第1作が最高。
大野雄二が作曲した
テーマ曲の「愛のバラード」も有名。
読む前は
杉本一文氏の表紙絵も怖いし
子供の頃に見た映画で
恐ろしいイメージが強くて
ゴムマスクの佐清が怖かったのだが、
読んでから佐清を見ると
妙に愛しさと哀しさを
感じてしまうのが
不思議である。
佐智が珠世を
レイプしようとするシーンは
むかついたなぁ。
その佐智を小夜子が好きなのは
何でかなぁ。
いくら親の意向とはいっても。
小夜子見る目がないな・・・
ちなみに、
「まえにもいったとおり」
(P.32)(P.314)
「まえにもいっておいたが」
(P.168)
「まえにもいったように」
(P.221)(P.308)
「まえにもいった」
(P.302)
・・・と6回も
まえにも言い過ぎです。
逆に
「言い忘れたが」
(P.197)(P.200)
2回あります。
気になって数えてしまった。
この作品の金田一は
ボートを漕いで
珠世を救出しようとしたり
復員男を捕まえるために
スキーの腕前を
披露したりしている。
東北育ちでスキーには
自信があるらしい。
真犯人は
わかりやすいかもしれない。
大掛かりなトリックもない。
しかしそれを圧倒する
面白さがある。
犯人告発の場面は
「名探偵、
皆を集めてさてと言い」の
代名詞のような
関係者全員を集めて
探偵が推理を開陳して
真犯人を暴く場面がみられる。
そして感動の結末。
俺の中の横溝作品ベストワンです。
★★★☆☆ 犯人の意外性
★★★★☆ 犯行トリック
★★★★★ 物語の面白さ
★★★★☆ 伏線の巧妙さ
★★★☆☆ どんでん返し
笑える度 -
ホラー度 -
エッチ度 △
泣ける度 △
総合評価(10点満点)
9.5点
------------------------------
※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。
-------------------------------
●ネタバレ解説
〇被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
①若林豊一郎---●犬神松子---口封じ【毒殺:毒煙草】
②犬神佐武---●犬神松子---障害の除去【刺殺:短刀】
(死体遺棄---●犬神佐清&青沼静馬)
③犬神佐智---●犬神松子---障害の除去【絞殺:帯締め】
(死体遺棄---●犬神佐清&青沼静馬)
④犬神佐清(青沼静馬)---●犬神松子---憎悪【絞殺:帯締め】
〇犬神松子---自殺【毒殺:毒煙草】
結末
顔を負傷して復員した男は
佐清ではなく青沼静馬であった。
彼は戦地で一緒だった佐清が
戦死したと思い、
顔のそっくりだった静馬が
すり替わっていた。
松子は帰ってきた息子を
佐清と信じて
珠世と佐清を結婚させるために
邪魔な佐武と佐智を殺したが
佐清が偽物だと知って激怒して
最後に佐清(静馬)も殺した。
本物の佐清は生きて復員し、
母の殺人の後始末をしていたが
警察に捕まり真実を話す。
追い詰められた松子は
毒煙草で自殺を遂げた。
息子・佐清と珠世が
結ばれるのを見届けた後で---。
●主犯と事後共犯。
この作品の
一番大きなトリックは、
「殺人を犯す犯人」と
「死体を移動させる犯人」が
別々にいて
しかもお互いに
協力していないという関係だ。
主犯は犬神松子。
事後共犯は
犬神佐清と青沼静馬。
そのため、
松子にアリバイがあったり、
「斧、琴、菊」は
犬神家への呪いの見立てのために
犬神家以外に疑惑が向いてしまう。
復員風の男(佐清)は
あやしい動きをするものの、
なぜか殺人に
関わっていない雰囲気がある。
仮面の男(静馬)の方は
知っていても何も話さないから
実態がつかめない。
いわゆる
2組の犯人がいたわけだが
殺人現場や死体にその手掛かりはあった。
佐武は日本刀で
首を切り落とされたが
死因は短刀のようなもの。
“ただ、ここに注目すべきは、死因となったひと突きだが、傷口の状態からみて、凶器は短刀のようなものであろうという鑑定である。
金田一耕助はこの報告をきいたとき、突然、なんともいえぬふかい興味をおぼえたのである。なぜといって、なるほど、ひとの生命を奪うには、短刀でもこと足りたかもしれないけれど、まさかそれで、首を斬り落とすことができたとは思えない。してみると犯人は、短刀と首斬り道具と、ふたいろの凶器を用意していたのであろうか。”(P.190)
→なにげに鋭い金田一。
これは殺人犯と首斬りが
別人だという手掛かり。
胴体がすぐ見つからず、
忘れたころに出て来たのも
上手いやり方。
佐智の綱のかすり傷と
がっちりと縛った綱の矛盾。(P.244)
→誰かが綱をほどいた後、
ふたたび縛り直してある。
佐智が逃げ出して
家に戻ったところを
松子に殺された。
いわゆる被害者が
わざわざ殺されに移動するパターンで
そのために松子にも
佐清(静馬)にもアリバイが出来ている。
●兵隊服の男=?
この事件には
帽子を目深にかぶり
マフラを口まで上げて隠した
謎の復員風の男がでてくる。
最初は誰かの
一人二役だと疑われ
猿蔵ではないかと
金田一たちは推理するが
2人が格闘するのを目撃して除外。
次に青沼静馬が生きていて
復讐していると推測されるが
これを決定づけたのは
やはり佐清の手形が一致して
ゴムマスクの男が
佐清で間違いないと
確定したからだろう。
あの手形には
何かトリックがあるのではと
金田一も疑うが
手形自体にトリックはなく、
中の人間が入れ替わっていた。
11月16日の一日だけ
手形をおした佐清は本物だった。
マスクの下は綺麗な顔の佐清。
あの時に珠世が
うすうす感づいていたのに
発言しなかったのは痛恨。
いやそれ以上に
金田一が役立たずすぎた。
287ページに復員した男が
佐清と同じビルマから
帰ってきたとわかり
ここでやっと
本物の佐清が生きているのではと
読者は予想できる。
ひとつ疑問があって、
佐清が博多に復員した時、
なぜわざわざ匿名を使ったのか
俺にはよくわからなかった。
にせ佐清が先に帰ったことを
知らないはずなのに
なぜ山田三平と名乗ったのか?
当時の考え方が
大きく影響して
いるのではないかと思う。
戦争に行く者は
お国のために死を覚悟して行く。
佐清の部隊は
佐清を残して全滅してしまった。
生き残ったことに
自責の念にかられたことだろう。
このまま帰ると
犬神家の恥さらし。
そう考えた佐清は
匿名で博多に戻ったのだ。
・・・と推測しました。
●「斧、琴、菊」の見立て。
犬神家には三種の家宝、
「斧、琴、菊」がある。
この「よき、こと、きく」は
「良きこと聞く」の
語呂合わせでもある。
DVDシリーズの
プロダクションノートによると、
三種の神器のルーツは、
歌舞伎役者の三代目・尾上菊五郎
(屋号:音羽屋)が好んだ
験担ぎのフレーズであるらしい。
本来は縁起の良い言葉だそうで、
音羽屋からクレームがこないか
心配していたとか。
(後に2006年のリメイク版
『犬神家の一族』では
五代目・尾上菊之助が
犬神佐清を演じている)
「菊」の見立ては犬神佐武。
菊人形の笠原淡海の首と
佐武の生首をすげ変えるという
残酷な見立て。
「琴」の見立ては犬神佐智。
殺したあとで首に琴糸が
巻きつけられていた。
これは普通です。
やはり「斧(よき)」の
犬神佐清殺しが
一番インパクト大きい。
凍った湖面に
下半身が突きだしている姿は
シュールすぎるし面白いが、
なぜこんなことをしたかというと
「佐清」→「スケキヨ」を
逆さにすると「ヨキケス」
湖に上半身(ケス)を沈めて
下半身(ヨキ)が見えるようにすると
「斧」の見立ての出来あがり。
この言葉遊びには
ゾッとして鳥肌が立ったし、
今まで笑いながら見ていたのに
なるほど深いなと
見方が変わってしまった。
さすがマツコさん。
●青沼親子の再会に・・・
青沼静馬は佐清の告白によると
母親の犯行を見て態度が変わり
佐清を脅して復讐を
手伝わせたように書いてある。
静馬は悪い性格の男かもしれない。
佐清になりすまして復員したから
それはずる賢い奴なのだろう。
しかし元はと言えば、
三姉妹のひどい仕打ちが原因で
復讐を決意したのであり、
あの話を聞けば
誰でも静馬に同情できる。
俺は静馬をそこまで
悪人だと思わなかった。
その母の菊乃は
一番可哀そうな人物だ。
美しかった容姿も
すっかり変わってしまい、
目が不整形で不自由な状態。
菊乃は宮川香琴と
名前を変えていたが
犬神家にはもう
関わりたくなかっただろう。
松子に気づかれなくて
本当によかった。
この青沼親子が
一緒にいる場面は
一度だけ。
松子の前で佐清(静馬)は
香琴(菊乃)を心配したり
寄り添う姿がみられる。
“眼の不自由な香琴師匠は、もとよりそんなことには気がつかず、依然として腰をうかしたまま、動悸をおさえるような格好をしている。そして、そのそばには佐清が、手持ちぶさたらしくひかえている。どういうわけか佐清は、さっき香琴師匠があっと叫んで腰をうかしかけたとき、反射的にそばへとんできて、まるで抱きとめるような格好をしたのである。”(P.260)
「ああ、それではぼくが、そこまで送ってあげましょう」
佐清がそれにつづいて立ち上がった。香琴師匠は驚いたように、不自由な眼を見はって、
「あれ、まあ、お坊っちゃま」
「いいんですよ。危ないから、そこまで送らせてください」
やさしく手をとられて、香琴師匠もふりほどくわけにはいかなかった。”(P.260)
本当の親子の再会にも
真実は告げられず・・・。
静馬はこの時、
どんな想いで
母の手を握ったのだろうか?
●大団円。
ラストで松子が
服毒自殺をするとはいえ
この物語は陰惨な終わり方でなく
救いのある終わり方になっている。
それは
佐清が生きていて、
珠世も生きていて、
2人が結ばれたからに他ならない。
そのラストのシーンは感動を呼ぶ。
“「あなたは佐清が牢から出てくるまで待ってくれるわね」
珠世はさっと蝋のように青ざめたが、やがてその顔に、ぽっと血の気がのぼってくると、瞳がうるんでキラキラ輝いた。彼女は決意にみちた声で、なんのためらいもなく、キッパリといいきった。
「お待ちしますわ。十年でも、二十年でも・・・佐清さんさえお望みなら・・・」
「珠世ちゃん、すまない」
ガチャンと手錠を鳴らして、佐清が両手を膝について、首をたれた。”(P.410)
この救いのあるラストに
俺はグッとこみ上げるものがあった。
そして珠世が
犬神家の三種の家宝を
佐清に託すのを
松子は満足そうに見届けたあと、
毒煙草で自害する。
たとえ顔がグチャグチャでも
愛しい我が子のために
犯行を重ねた松子夫人に
母の愛の強さを見た気がします。
事件の始まりを告げた毒煙草が
最後に事件に幕を下ろす。
この秀逸な構成も
この作品の優れた点でしょう。